そのバーはソイカウボーイというゴーゴーバーなどが立ち並ぶ外国人向けの飲み屋街の一角にあった。左隣は日本人狙いのゴーゴー、両側をゴーゴーバーに挟まれた形の小さな店だった。入り口は小さく、おまけにスモークガラスなので外から店内の様子を伺うことは出来ない。店のなかも薄暗く、かなり怪しげな雰囲気をかもし出している。隣のゴーゴーや表通りは日本人の姿も見るが、このバーで日本人を見ることはまずなかった。たまに店内を覗く日本人もいるが、あまりの怪しさにしり込みするのか、覗いただけで帰ってしまう。
店は細長い造りで、一方に10メートル程のカウンター、もう一方の壁に沿ってソファーが並ぶ。カウンターの後ろには昔のなごりなのか、ゴーゴーバーのようなポールが立っていたが、いつのまにか無くなった。2階は店の女の子の寮になっていて、田舎から出てきた女たちが数人、共同で暮らしていた、
当時僕はスクムビットの10番台のソイに住んでいたが、この近くにあった飲み屋街が次々に閉鎖され、最後に残ったのはアソーク交差点近くに位置するソイカウボーイだけだった。
僕は酒飲みだが、ゴーゴーは苦手なほうである。音がうるさいし、ゴーゴーのダンサーたちは基本的にコーラ代ではなく、客とベッドをともにする事で得られる収入で生計をたてている。僕のような連れ出す気のない客は彼女たちにとってもあまりありがたくない客のはずである。それが解っているからゴーゴーで飲んでもどうしても乗れない。女の子をつけないで酒だけを飲むのも可能だが、それなら家で飲んでいたほうが安あがりだ。
そんな理由から、オープンバーやカウンターバーで飲むことが多い。そんな店でも女を売り物にしているのは同じなのだが、ゴーゴーバーほど露骨ではない。飲むだけの客でも普通に楽しませてくれる。
この店の客のほとんどが欧米人の年寄りであるが、それにはちゃんと理由がある。その店はベトナム戦争当時からその場所で営業している唯一のバーで、お客のかなりの部分は30年以上も常連なのだ。本国に帰還した兵士たちがタイに観光などで訪れる時、なつかしさも手伝って店に顔を出すらしい。
店のオーナーママは、もう60歳を超えていると思う。今では80キロを越す巨漢だが、若い時はかなりの美人で、兵士たちにかなり人気があったと常連客の老人に聞いたことがある。
女の子も常時10人位はいるが、あまり稼ぎにならないのだろう。幾人かを除いては入れ替わりが激しい。
僕は結局5年間その店に通った。アソークに事務所を置いている時は仕事が終わってからまずその店で2,3杯飲んでから街に繰り出すなり、家に帰るのが日課だった。嫁とその店で待ち合わせたことも何度かあったが、仕事場と住居を離れた場所に移してからは月の数度顔を出す程度になってしまっていた。
そのバーが閉店した。ママの息子がギャンブルで借金をし、その支払いのために店を手放さざるを得なくなったらしい。元々そう儲かっている風でもなかったから、店を売る以外に手立てはなかったようだ。閉店の前の日に店に行ったが、なんの変哲もなく、静かな幕切れだった。
今現在、その場所は隣のゴーゴーバーが買い取り、すでにその店の一部になっている。ママはどこか郊外でタイ人向けのカラオケ屋を始めたと聞いたが、元の従業員に聞いても誰もその場所をしらない。尋ねてみたい気はあるのだが、どうしようもない。
写真中央、風船の後ろ位にその店はあった。
(写真はBACARAの公式ページから借用しました)