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こんんちは。DACOでおなじみのSAKUTA-MANです。 タイ王国ウドンタニ県に居を構えつつ、バンコクでIT関係の仕事をやってます。
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Start:2007-11-01
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イサーンのルーイで暮すドラえもんさんの日々

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プロフィール
HN:
SAKUTA-MAN
性別:
男性
職業:
ITトータルアドバイザー
趣味:
旅行、お酒
自己紹介:
ども。DACOでおなじみのSAKUTA-MANです。
イサーンとバンコクを往復しながらIT関係の仕事やってます。
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4日目

日本であれば荼毘が終わればすぐに骨は釜から出され、遺族に引き渡される。
まあ1日に何人もの遺体を処理するのだから当然のことです。
しかしタイの場合、たいていのお寺には火葬場(サーラー)が最低ひとつは付属しています。また、いたるところにお寺があります。田舎の場合、1日ひとりの処理でことたりるという訳です。従って、骨の回収は釜の熱が冷めるのをまって行われます。



骨の回収自体はそれほどのイベントではありません。一度すべての骨を大きめのつぼにいれ、下のような祠に収められます。



その後、お坊さんの供養を経て、いえに持ち帰ったり、墓のある家は墓に収めたりします。もっとも遺骨として保存されるのはほんの一部で、そのほとんどは散骨されるようです。



これで葬式は終了ですが、最終日にはタンブン(ほどこし)という名目で、お坊様への食事の供応、さらに家の庭に仮設のステージを組み、バンドや歌手を呼んで飲めや歌えの大パーティーです。残念なことに仕事の関係で最終日の夕方にバンコクに帰ってしまったため、一番おいしいところを見逃してしまいました。残念。

この後、日本では初七日、49日、初盆と行事が続きますが、タイは100日法要だけです。3回忌も7回忌もありません。

タイの墓について。



一般的にタイには墓がないと言われていますが、イサーンではどこに行っても墓があります。墓はお寺の塀に埋め込むように作られ、墓の中には小さな骨壷が収められています。写真は2基ともうちの墓、新しいほうは、両親のために新造したものです。
イサーンのお墓については下記のホームページが詳しいので、関心のある方はご覧ください。

http://hoshi-k-web.hp.infoseek.co.jp/

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イサーンのお葬式 終了

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3日目

朝8時、庭の大テントの中ではすでに数十人の人が朝食を摂っています。
今日はお寺での本葬と荼毘がとりおこなわれます。お金持ちであれば、本葬まで1週間とか10日とか間をおき、その間葬式とふるまいを続けますが、庶民にそんな贅沢が出来るわけでもありません。それに今は暑季、遺体は冷蔵されていますが、それでもだんだん傷んできます。なのでさっさと骨にしてしまおうというわけです。

朝、いつものようにお坊様が7人、読経にやってきます。小一時間のあと、朝食のタンブン。昨日とかわらないスタートです。

午前11時、棺桶を冷蔵ケースご、屋外に運び出します。それをピックアップに積み、葬儀の執り行われるお寺まで搬送します。日本と違い葬儀専用の車とかはないようです。というか、葬儀社とかの商売もなく、すべて集落とお寺の共同作業でやっているようです。お寺は家から300m程しか離れていませんが、国道2号線という大きな通りの向かい側に位置するため、車だと1キロ程の距離になります。



さて、遺体が車に積まれ、出発の時間になりました。まず、爆竹が派手にならされます。それが終わるとピックアップに積んだスピーカーから大音量の音楽(雅楽のようなもの)が流され、遺体が寺に到着するまでその音楽はやみません。家の前には別に何台もの車が待機しており、それらすべてがコンボイを構成してお寺に向かいます。それにはうちが所有する路線バスも含まれ、参列する人間を運んでいました。僕自身は何台目かのピックアップの上で、魔よけ用?の火のついたたいまつを運ぶ係りをまかされました。暑くてかなわん(笑)



お寺についた遺体は、まずサーラー(火葬場)の周りを3周します。先導するのは臨時出家した小僧さんたちです。ピックアップからは白い糸が渡され、先導の小僧さんから、ピックアップの後ろに続く参列者(身内のみ?)まで、一筋の糸でつながります。この辺、結婚式でもにたようなシーンがありますし、読経の時でも全てのお坊さんに糸がわたされます。タイではよく見かける風景ですね。



サーラーを3周した遺体は、サーラーの釜の前に安置されます。その後、本堂で読経と高僧の説話、遺族代表による本人と家族の紹介などが行われます。今日はざっと500人ほどが参列したようですが、本堂だけでなく木陰という木陰に椅子が並べられ、すべての人々に冷たい飲み物が途切れなく振舞われていました。



読経や説話が終わると、全員でサーラー上の遺体に向かって合掌。それで本堂での行事は一旦終了し、遺体との最後の別れが始まります。
まず棺桶の蓋があけられ、指名された順番に遺体に花と線香、ろうそくをささげ、ココナツミルクをかけます。おそらく遺体を清める意味だと思います。



指名された人は、臨時出家した小僧さんの先導でサーラーに上がりますが、小僧さんはそのとき、白い封筒に入れたお布施を貰えます。1回は小額ですが、参列者が多いので、結構な小遣いかせぎになります。それが判ってれば僕も頭丸めたのに(うそ)



その後棺桶の蓋を閉めて荼毘に付すことになります。遺体の下にひいていたシーツや、生前使っていた着衣や道具類のうち、形見分けされるもの以外はサーラーの近くで野焼きされます。

そうしているうちに釜の扉が閉じられ、火葬が始まります。ここまで来ると儀式的な要素はほとんどなくなり、淡々と作業が進行します。ただ、火葬が始まると同時にお菓子や紙に包んだバーツコインがばら撒かれていました。日本の棟上のときに餅などをばら撒くのと同じ乗りです。爆竹といい、中国の影響をうけているっぽいですね。

後は、ひとしきり読経のあと、三々五々解散、また食い放題、飲み放題パーティーの始まりです。火葬している遺体には誰もが無頓着。タイでは魂の抜けた死体はただのものでしか過ぎないのでしょうか。骨の回収は翌日以降になります。



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2日目

さて、夜が明けると近所中の人が集まってきます。お葬式の準備のためです。
家族が仕事を休むのは当然ですが、見る限り誰も仕事に行く気配がありません、いいのかな。

男連中は手分けして大型の天幕張り(4張り)、女性軍は食器やお坊さんへタンブンする食事を準備しています。

こういう時に備えて、お寺には天幕、椅子、食器、ござなどが大量にストックしてあるようです。

家人の女性軍も皆に混じって忙しく働いています。そのほうが気がまぎれていいのかも。姉婿が自家用サムローで4人の子供たちを学校まで送りって行きます。
とりあえず今日はたいした行事もないので家にいてもじゃまなだけですからね。

そうしているうちに7人のお坊さんが到着。小一時間の読経のあと、食事を振舞われます。お坊さんは1日3度、お経をあげに来ます。戒律で、正午を回ると固形物を口に出来ないので、食事を供するのはこの時だけです。



10時を回ったころから、大量の魚、肉、野菜などが届き始めます。ソムタムのためのパパイヤや大量の炭、200Lはあるクーラーボックスも氷で満タンになります。
これから3~4日、200人ほどの人が飲み食いするぶんですから半端な量ではありません。ソムタムひとつとっても10人ほどの女性が丸1日パパイヤを叩いていました。それに20ケースほどのジュース類。これ誰が払うんだあ....と言ってたら、ジュースと氷の請求書が僕のところに回ってきました(爆)



余談ですが、タイでも喪服は黒です。白も許されますが、柄物や色物は原則だめ。
ただし正装である必要はありません。あと、関係者以外はそんなに頓着する必要もないみたいです。
僕は白Tシャツの上に黒の半そでの上着、黒ズボンに革靴というスタイルでしたが、結構浮いてました。

昼を回ると男たちはすることがなくなります。で、自動的に酒盛が始まります(笑)
うちは酒は用意しませんが誰かがメコンを数ケースもちこんでいたようです。



そうこうしているうちに子供たちが学校から帰ってきます。女の子はうちの娘だけ、あと男の子が3人です。
その3人と親戚の男性数人が丸坊主にされています。お葬式の間、臨時に出家するためです。その間は普通のお坊さんと一緒に上座に座り、タンブンも受けることになります。特にお寺での本葬から荼毘にかけて重要な役割を担います。



そんなこんなでこれと言った行事もなく1日が暮れていきます。ただし、食い物と飲み物は見事なくらいに減りつつあります。

いよいよ明日クライマックス。本葬と荼毘が行われます。


おまけ:カミサンの従兄弟たち


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タイに長く住んでいると、人の死というもがものすごく身近に感じるようになります。真夜中に車で帰ると、バイクの転倒事故はしょっちゅう見かけますし、ベンチなどには生きているのか死んでいるのか判らないのがごろんとよこたわってたりとかね。

それとは違いますが、タイに来て7年でカミサンの身内の死に3度直面しました。最初は兄。心臓発作で突然死でした。
次は父親。肝臓ガンと戦い抜いて力つきた死に様でした。そして最後は母親。乳癌が再発したのですが、元々心臓が弱いため、手術が出来ず、半年あまりの闘病生活の末に他界しました。年齢は59歳。日本だと死ぬには早すぎる年齢でした。

さて、人が死ぬと葬式という事になるわけですが、僕も丸1週間付き合ってきました。ある意味貴重な体験だと思いますので、幾度かに分けてその記録を残すことにします。
ここで扱うのはイサーンのごく普通の人のお葬式です。

1日目。

母親はその日の早朝、午前2時頃病院で息を引き取りました。事務的な処理が終わると車(うちは路線バスをもっています)で自宅に搬送。遺体は白い棺桶にいれられて帰宅しました。

同時に近くのお寺に連絡して死体を保存するためのクーラー付の棺桶収納ケース(これが祭壇の中心となる)や、道具一式を借り出します。金持ちのそれと違い、祭壇といっても粗末なものです。

そのころから30世帯位ある集落総出の作業となります。車が家に帰り着くころにはすでに祭壇も組みあがり、寺のお坊さんもかけつけていました。

棺桶を棺からおろし、家族全員でお別れをしたあと、棺桶は冷蔵ケースに収められます。このあと荼毘の直前まで冷蔵ケースの蓋があけられることはありません。

最初の夜は簡単な読経だけ。あとは家族と近親者だけで通夜を営みます。しめやかな通夜です。

kanoke case

冷蔵収納ケース。このなかに遺体が棺桶ごとおさめられてます。


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