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こんんちは。DACOでおなじみのSAKUTA-MANです。 タイ王国ウドンタニ県に居を構えつつ、バンコクでIT関係の仕事をやってます。
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Start:2007-11-01
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タイまで5,750,000歩
タイ人との国際結婚をテーマにしたBlogです。

妻を追ってタイへ
(タイ田舎暮らしの日々)

イサーンのルーイで暮すドラえもんさんの日々

Bar WOODBALL
シーロムsoi6にある日本式スナックバー、とっぴーのお店です

Rak☆Thai
8年越しのタイ仲間があつまってます。
プロフィール
HN:
SAKUTA-MAN
性別:
男性
職業:
ITトータルアドバイザー
趣味:
旅行、お酒
自己紹介:
ども。DACOでおなじみのSAKUTA-MANです。
イサーンとバンコクを往復しながらIT関係の仕事やってます。
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今日は花金。自営業の僕にはあまり関係ないといえばそうなんですが、たまにはいいよね。。。」と言うことで、飲み歩いていました。ナノで酔っ払いモード。文章を書くのはつらいものがありますので、今日はお休みです。ごめんなさい。代わりといっては何なんですが、皆様へのお礼の意味で。。。。

このBlogを立ち上げて17日が経過しました。最初の数日は訪問者もほとんどなく、くじけそうになりましたが、皆様の応援のおかげで、参加しているBlogランキングの上位に位置するようになりました。特に「バンコク生活情報」様の週間ランキングでは、3000近い登録数のなかで2位まで上がりました。また、1日の訪問者数も日々増加し、今日現在でのべ861名を数えております。場末の個人Blogとしては出来すぎの数字であり、こんな駄文を懲りもせず読んでくださっている皆様にはお礼の言葉もありません。これからも駄文しか書けないとは思いますが、よろしくお付き合いください。

願わくば、もう少し文才がほしいぞ.

友達常時募集中。よかったらコメントくださ~い。


参考資料















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そのバーはソイカウボーイというゴーゴーバーなどが立ち並ぶ外国人向けの飲み屋街の一角にあった。左隣は日本人狙いのゴーゴー、両側をゴーゴーバーに挟まれた形の小さな店だった。入り口は小さく、おまけにスモークガラスなので外から店内の様子を伺うことは出来ない。店のなかも薄暗く、かなり怪しげな雰囲気をかもし出している。隣のゴーゴーや表通りは日本人の姿も見るが、このバーで日本人を見ることはまずなかった。たまに店内を覗く日本人もいるが、あまりの怪しさにしり込みするのか、覗いただけで帰ってしまう。

店は細長い造りで、一方に10メートル程のカウンター、もう一方の壁に沿ってソファーが並ぶ。カウンターの後ろには昔のなごりなのか、ゴーゴーバーのようなポールが立っていたが、いつのまにか無くなった。2階は店の女の子の寮になっていて、田舎から出てきた女たちが数人、共同で暮らしていた、

当時僕はスクムビットの10番台のソイに住んでいたが、この近くにあった飲み屋街が次々に閉鎖され、最後に残ったのはアソーク交差点近くに位置するソイカウボーイだけだった。

僕は酒飲みだが、ゴーゴーは苦手なほうである。音がうるさいし、ゴーゴーのダンサーたちは基本的にコーラ代ではなく、客とベッドをともにする事で得られる収入で生計をたてている。僕のような連れ出す気のない客は彼女たちにとってもあまりありがたくない客のはずである。それが解っているからゴーゴーで飲んでもどうしても乗れない。女の子をつけないで酒だけを飲むのも可能だが、それなら家で飲んでいたほうが安あがりだ。
そんな理由から、オープンバーやカウンターバーで飲むことが多い。そんな店でも女を売り物にしているのは同じなのだが、ゴーゴーバーほど露骨ではない。飲むだけの客でも普通に楽しませてくれる。

この店の客のほとんどが欧米人の年寄りであるが、それにはちゃんと理由がある。その店はベトナム戦争当時からその場所で営業している唯一のバーで、お客のかなりの部分は30年以上も常連なのだ。本国に帰還した兵士たちがタイに観光などで訪れる時、なつかしさも手伝って店に顔を出すらしい。

店のオーナーママは、もう60歳を超えていると思う。今では80キロを越す巨漢だが、若い時はかなりの美人で、兵士たちにかなり人気があったと常連客の老人に聞いたことがある。
女の子も常時10人位はいるが、あまり稼ぎにならないのだろう。幾人かを除いては入れ替わりが激しい。

僕は結局5年間その店に通った。アソークに事務所を置いている時は仕事が終わってからまずその店で2,3杯飲んでから街に繰り出すなり、家に帰るのが日課だった。嫁とその店で待ち合わせたことも何度かあったが、仕事場と住居を離れた場所に移してからは月の数度顔を出す程度になってしまっていた。

そのバーが閉店した。ママの息子がギャンブルで借金をし、その支払いのために店を手放さざるを得なくなったらしい。元々そう儲かっている風でもなかったから、店を売る以外に手立てはなかったようだ。閉店の前の日に店に行ったが、なんの変哲もなく、静かな幕切れだった。

今現在、その場所は隣のゴーゴーバーが買い取り、すでにその店の一部になっている。ママはどこか郊外でタイ人向けのカラオケ屋を始めたと聞いたが、元の従業員に聞いても誰もその場所をしらない。尋ねてみたい気はあるのだが、どうしようもない。



写真中央、風船の後ろ位にその店はあった。
(写真はBACARAの公式ページから借用しました)







今日は少し時間が空いたので、Blogのお色直しに挑戦。
前からやりたかったのだけど、ここ忍者Blogにこれっ!ていうテンプレートが無かったんでどうするか悩んでいました。結局は自分でつくるはめに。といっても雛形はあるので、壁紙やらレイアウトやらをセットするだけ。1時間ほどで出来上がりです。
壁紙にはオリエント風のものを使い、画面トップにはタイの水上マーケットの写真を埋め込んでみました。少しはタイらしくなったでしょうか。



トップに張った写真のオリジナル(ダムナンサドアク)

話変わって、作業部屋のテレビが壊れてしまいました。写ることは写るんですがチャンネルの変更が出来ない。どこを押しても同じチャンネルしか写りません。5年前に買ったものなので、もう寿命なのかなあ。でも他はなんともなさそうなので、捨てるのはもったいない...というわけで修理に出すことにしました。普通なら店に持ち込みですが、運がいことに大家の友達が修理屋さん。朝の9時に電話、すぐ取りに来て3時間後には直して部屋まで届けてくれました。タイらしくない早業(笑)、結局チャンネルを制御するICが飛んでたみたいで、それを交換したとの事。修理代は言い値550バーツ。しっかり物の嫁が値切って520バーツまで下がりましたとさ(笑)



タイ人は小さい時から本当の名前とは別にニックネームを持っている。大抵はリン(サル)とかプー(カニ)とか、中にはオワン(でぶ)はてはベンツというのも珍しくないが、共通して言えるのは、勇壮な名前とか、美人の代名詞的なものはほとんど無いということである。

聞きかじりだが、悪霊(ピー)が子供をさらっていかないように、わざと矮小なニックネームをつけて、悪霊の目をそらすという風習のなごりだという。もちろん、役所に届け出た名前はちゃんと別にあるのだが、友達同士や家族内ではこのニックネーム(タイ語でチューレン、チューは名前、レンは遊びの意)で呼び合うのが普通である。中には10年以上の知り合いなのに、本名を知らず、知っているのチューレンだけというケースもある。

もちろん、僕もチューレンを持っているが、これは僕が便宜上勝手につけたものである。ただ長く使っているので、うちの家族(嫁も含めて)は皆、僕のことをそのチューレンで呼んでいる。

ところが、一部の間で最近別の名前で呼ばれていることがわかった。下記の名前である。



カタカナで書くと「ピーチュアイ」。このタイ語で連想するのは「助ける」という意味が一般的だが、この場合スペルも意味もはそれとはちょっと異なる。
(タイ語はカタカナで書くぶんには同じ言葉でも声調によって意味がことなります)


ここでいうチュアイとは、のんびりした人、静かな人、動きがスローな人と言う意味らしい。普段は、目上の人への敬称である「ピー」をつけて「ピーチュアイ」と呼ばれているらしいが、僕にそれを教えてくれた人物によれば、けして馬鹿にしているわけではなく、親しみをこめてそうよんでいるらしい。また、別のタイ人に言わせると「ドラえもんののび太」のイメージということだ。

タイ人同士だと年上に対する尊敬をこめて敬称である「ピー」を使うのはごく普通だが、外国人にたしいして使う事は少ない。普通は名前かニックネームだけだけで呼ばれる。そう考えると蔑称として用いられてないことは容易に想像できる。

ましてや、広まっているのは若い女性たち(嫁の仕事場のスタッフ)の間らしい。その娘たちは僕と面と向かったときは僕のことを「パパ」と呼ぶ。愛人としてのパパではなく、親子としてのそれである。まあ実際に親子ほどの歳の差があるし、皆田舎から出てきている娘たちなので、僕を本当の父親のように大事にしてくれる。

嫁は外向的な性格でネアカ、よくしゃべるしどちらかというと吉本系(笑)面倒見がいいのか、若い娘に慕われることが多い。それに比べて、僕は無口で静かなほうである。動作もスローモーなのだろう(実はただの無精者なのだが

よく、二人でボケ突っ込みの漫才が出来るとからかわれる。もちろん僕がボケ役(笑)
だからそういうニックネームがついたのかもしれない。

でも僕的にはこの名前も悪くない。名刺の裏にすりこむかな(笑)




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僕は昔写真マニアだった。いや、今振り返るとカメラマニアだったのかも知れない。絵心があり、県展などに何度も上位入賞を果たす姉と違い、絵心のかけらもない僕にとって、写真というものは、唯一姉に対抗できる「表現ツール」だったといえる。親戚にもらったミノルタの一眼レフを手始めに、一時は数台のカメラを所有していた。写真の技術を習得するために2年間写真専門学校にも通った。卒業後、少しの間広告写真の世界に身をおいたが、自分の才能のなさと旧態依然とした徒弟制度に嫌気がさし、1年ほどでやめてしまった。もう30年も前の話である。今では腕もすっかり錆付いてしまい、素人写真しかとれない有様だ。

それでも、デジカメが普及する前は一眼レフを中心とする数台のカメラを所持しており、今ももっているが、それを使うことはまずなくなっている。タイのような暑い国で、一眼レフのフルセットをかかえて歩き回る気にならないのと、特別な場合を除いて、撮影するのはスナップ程度のものであり、高スペックのカメラを使う必要がなくなったからだ。

デジタルカメラも、CASIOが子供だましの玩具を出したときから買い込み、メーカーは異なるが何機種かを買い換えた。そして今から5年程前、あるカメラと出会った。

CASIOのEXILIM S-1である。当時、デジタルカメラの画素数は300万画素が標準となりつつある中で、そのカメラは100画素という一時代前の画素数しかなかった。しかし、僕にとってはそれを補って余りある魅力があった。

ひとつはシャツの胸ポケットにいれてもじゃまにならないほどの薄型で大きさもカードサイズしかない事。もうひつ、僕にとって非常に魅力的だったのは、固定焦点カメラで、ズーム機能もピントの調整もない事だ。普通、デジカメにはた自動でピントを合わせる機能がついているが、これがためにシャッター半押しなどのテクを使わない限り、狙ったシャッターチャンスと実際に写るものにずれが生じる。ところが固定焦点カメラにはそのずれがない。狙った瞬間にシャッターが切れるのである。また、EXILIMの場合、画素数が少ないため、デジカメ特有の撮影後のメモリ転送の時間が短く、モータードライブのような連続撮影も可能である。

僕の持論だが、スナップの場合、撮りたいものがあったらまずシャッターを切る。それから構図や光の加減などをゆっくり考えてもう一度撮影するのがいいと考えている。ひとつの被写体に関して出来るだけ多くのカットを確保し、後でその中から一番いいものを選ぶというのも僕のやり方である。銀塩カメラの時代は仕事ならともかく、個人的スナップ程度でそんな贅沢はなかなか許されなかった。しかしデジカメだと、要らないものは消せばいいし、何カットとろうがフイルム現像代などのコストはかからない。
また、EXILIMは画素数が少ない分1枚あたりの消費メモリも少なく、256Mのメモリで
も1024×768のサイズなら1000枚は撮影出来る。数日の旅行程度であれば充分な量である。

EXILIMは、S-2,S-3と改良され、画素数も増え、ズーム機能もついた。だが、その分カメラの厚みも増し、反応速度も遅くなっている。これでは普通のデジカメであり、魅力を感じない。最近、仕事用に1000万画素のデジカメを買ったが、旅行のお供は相変わらずEXLIMである。一度壊れたが、修理して使っている。

写真はカタログより抜粋





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